ディープインパクトの戦績は?無敗の三冠から種牡馬としての実績まで

名馬の軌跡

「ディープインパクトはどれほど強かったのか」「引退したあとはどんな道を歩んだのか」。2005年に無敗のままクラシック三冠を制したディープインパクトは、通算14戦12勝で現役を終え、種牡馬としても2012年から2022年まで日本のリーディングサイアーの座を守りました。戦績や数字はJRA・JBISサーチ・社台スタリオンステーションの公式情報で、当時の様子は騎手や調教師が残した言葉でたどれます。

要点

  • 2002年3月25日生まれの牡馬で、父はサンデーサイレンス、母はウインドインハーヘア。北海道早来町のノーザンファームで生まれ、栗東の池江泰郎厩舎に所属しました。
  • 通算成績は14戦12勝(国内13戦12勝、海外1戦0勝)。2005年に皐月賞・東京優駿(日本ダービー)・菊花賞を勝ち、JRAはこれを「シンボリルドルフ以来21年ぶりとなる無敗のクラシック三冠」と紹介しています。
  • 2006年の凱旋門賞は3位に入線したものの失格。帰国後にジャパンカップと有馬記念を連勝し、この有馬記念が現役最後のレースになりました。
  • 種牡馬としては2007年に社台スタリオンステーションで供用が始まり、2012年から2022年まで本邦リーディングサイアーに輝きました。
  • 2008年にJRAの顕彰馬に選ばれ、2019年7月30日に17歳で死亡しました。頸部の手術後に頸椎の骨折が見つかり、安楽死の処置が取られたと、JRA報道室が同日に発表しています。

ディープインパクトの基本情報

JRAの「競馬の殿堂」と「3分でわかった気になる名馬」、JBISサーチ、JRA報道室の発表(2019年7月30日)に載っている基本情報をまとめると、次のとおりです。

項目内容
生年月日2002年3月25日
性別・毛色牡・鹿毛
父サンデーサイレンス
母(母の父)ウインドインハーヘア(Alzao)
生産牧場ノーザンファーム(北海道・早来町)
馬主金子真人ホールディングス(株)
調教師池江泰郎(栗東)
騎手武豊(全14戦)
現役時期2004〜2006年
通算成績14戦12勝(国内13戦12勝、海外1戦0勝)
JRA獲得賞金(本賞金+付加賞)1,454,551,000円
主な勝ち鞍皐月賞、東京優駿、菊花賞、天皇賞(春)、宝塚記念、ジャパンカップ、有馬記念

無敗の三冠までの歩み(2004〜2005年)

デビューは2004年12月19日、阪神競馬場の2歳新馬戦(芝2000m)で、ここを勝ちました。2005年に入ると1月の若駒S、3月の弥生賞(GII)を連勝し、クラシックに臨みます。JRA「3分でわかった気になる名馬」によると、三冠レースの結果と2着との着差は次のとおりです。

  • 皐月賞(2005年4月17日、中山、GI):1着。2着に2馬身半差
  • 東京優駿・日本ダービー(2005年5月29日、東京、GI):1着。2着に5馬身差
  • 菊花賞(2005年10月23日、京都、GI):1着。2着に2馬身差

ダービーと菊花賞の間には9月25日の神戸新聞杯(GII、阪神)も勝っていて、デビューから菊花賞までの7戦はすべて1着でした。JRAの「3分でわかった気になる名馬」はこの三冠を「シンボリルドルフ以来21年ぶりとなる無敗のクラシック三冠を達成した」とし、JRA報道室も2019年7月30日の発表で「2005年に史上2頭目となる無敗の三冠馬となる」と表現しました。

皐月賞・日本ダービー・菊花賞がなぜ「クラシック三冠」と呼ばれるのかは、「皐月賞・日本ダービー・菊花賞の名前の由来とは?「クラシック」という呼び名の意味と創設の歴史を解説」で詳しく読めます。

三冠のころ、関係者が語ったこと

JRA競馬の殿堂のディープインパクトのページにある「デジタルブック」では、月刊誌『優駿』の当時の誌面を読むことができます。2005年6月号の皐月賞の記事によると、武豊騎手は直線での乗り心地を「それにしても凄い反応。走っているというより、飛んでいる感じでした」と評しました。

菊花賞の当日については、同誌2005年12月号の特集「ドキュメント2005.10.23――競馬史に残る一日」が、関係者のコメントを伝えています。

  • 池江泰郎調教師:「三冠を獲ってくれたことに対してはとにかく感無量です」
  • 武豊騎手:「〝三冠ジョッキー〟というのは騎手として誇れることですし、自慢できることですね」
  • 市川明彦厩務員:「ここまで凄いプレッシャーがあったのは確かですが、厩舎のスタッフみんなが力を貸してくれて、文字どおり、厩舎が一丸となったチームワークのおかげで今日の日が迎えられたんだと思います」
  • 馬主の金子真人氏:「〝三冠の重み〟は何年も掛けてじっくり味わいたいと思います」

初の敗戦から凱旋門賞、引退レースへ(2005年末〜2006年)

JRA競馬の殿堂の成績表によると、三冠のあとの7戦は次のとおりです。

日付レース格付競馬場着順距離タイム備考
2005年12月25日有馬記念GI中山2着芝25002.32.0優勝はハーツクライ
2006年3月19日阪神大賞典GII阪神1着芝30003.08.8
2006年4月30日天皇賞(春)GI京都1着芝32003.13.4
2006年6月25日宝塚記念GI京都1着芝22002.13.0
2006年10月1日凱旋門賞G1ロンシャン失格(3位入線)芝2400―優勝はレイルリンク
2006年11月26日ジャパンカップGI東京1着芝24002.25.1
2006年12月24日有馬記念GI中山1着芝25002.31.9現役最後のレース

初めて負けたのは、2005年12月25日の有馬記念でした。勝ったのはハーツクライで、ディープインパクトは2着です。翌2006年は阪神大賞典、天皇賞(春)、宝塚記念と3連勝して、フランスの凱旋門賞に挑みました。GI・GIIといった格付けの仕組みは、「グレード制(G1・G2・G3)とは?格付けの基準と決め方を解説」で解説しています。

凱旋門賞の失格

凱旋門賞は3位に入線したものの、失格となりました。JRAの海外競馬発売ページにある凱旋門賞の「過去の結果」には、2006年の欄の注として「ディープインパクトは3位入線も失格(禁止薬物)」とあります。JRA競馬の殿堂の成績表でも、着順は「失格」です。一方、JBISサーチの全競走成績では、この行の着順が「**」、タイムが「-」と表示され、1着馬の欄は空欄です。

ジャパンカップと有馬記念の連勝

帰国後はジャパンカップと有馬記念を連勝し、現役生活を終えました。馬主の金子真人氏は、2019年7月30日のJRA報道室の発表に寄せたコメントで「最も感動したのは凱旋門賞で負けて帰国した直後にジャパンカップ、有馬記念を連勝してくれたことです」と振り返っています。JRA70周年特設サイトの紹介記事は、この2連勝を「引退の花道を飾った」と表現しました。

現役最後の有馬記念を取り上げた『優駿』2007年2月号のレース回顧(島田明宏・文)によると、武豊騎手はレース運びについて「今日は絶対に『飛ぶ』と思っていたので、あとは動きだすタイミングだけをまちがえないよう気をつけていました」と話しています。ゴールの瞬間を語った言葉は「ああいう拍手に迎えられてゴールしたのははじめてです。ぼくにもよく聴こえましたよ。嬉しかったですね」です。同じ号には、レース後の引退式を伝える記事「レースを終えての引退式――5万人が最後の姿を見送った」もあります。

JRA賞

JRA賞では、2005年に年度代表馬と最優秀3歳牡馬、2006年に年度代表馬と最優秀4歳以上牡馬に選ばれ、2年続けて年度代表馬となりました。

引退後の歩み:種牡馬として

4歳での種牡馬入り

社台スタリオンステーションの公式サイトは、種牡馬としての供用開始を「TO STUD 2007」としています。ディープインパクトは2006年に4歳で、金子真人氏は先のコメントで「あまり前例の無い4歳での種牡馬入り後も大成功してくれました」と語りました。4歳で引退した理由を説明したJRAや社台スタリオンステーションの公式発表は確認できませんでした。

種牡馬という仕組みや繁殖入りの流れは「種牡馬・繁殖牝馬とは?2つの違いと繁殖入りまでの流れをわかりやすく解説」が、種牡馬になれる馬の頭数は「種牡馬になれる馬は何頭?公的データで分かる頭数と、分からない割合」が参考になります。

リーディングサイアーと産駒

社台スタリオンステーションの公式サイトは、種牡馬としての実績に、2012年から2022年までの本邦リーディングサイアーと、2010〜2014年・2016〜2021年の本邦2歳リーディングサイアーを挙げています。

JBISサーチのサイアーランキングでも、「サラ総合」「サラ中央」の順位は2012年から2022年まで毎年1位です。JRA報道室が2019年7月の発表で「2012年から昨年まで7年連続してリーディングサイヤーに輝く」としているのは、発表時点までの2012〜2018年のことで、首位はその後2022年まで続きました。

JBISサーチの「世代・年次別」の集計(中央は2026年10月25日現在、地方は同月31日現在)によると、産駒は血統登録1,777頭、勝ち馬1,239頭、重賞勝ち馬154頭です。産駒には、JRAが名を挙げるジェンティルドンナやコントレイルをはじめ、多くのGI勝ち馬がいます。

最期

JRA報道室は2019年7月30日付の「お知らせ」で、北海道勇払郡安平町の社台スタリオンステーションで繋養されていたディープインパクト(牡・17歳)が、同日の早朝に死亡したと発表しました。同じ発表に載った社台スタリオンステーションのお知らせによると、経過は次のとおりです。

  • 7月28日:かねてより治療していた頸部の手術を受けました。手術は無事に終わり、術後の経過も安定していました。
  • 7月29日:午前中に突然起立できなくなり、懸命の治療を試みたといいます。
  • 7月30日:早朝のレントゲン検査で頸椎に骨折が見つかり、回復の見込みが立たないことから、安楽死の処置が取られました。

この発表には、金子真人氏、池江泰郎元調教師、武豊騎手、生産者であるノーザンファームの吉田勝己代表のコメントもあります。池江氏は「約2年の現役生活では最高の成績を挙げてくれました」と述べ、全14戦で騎乗した武豊騎手は「私の人生において本当に特別な馬でした」とコメントしています。社台スタリオンステーションの公式サイトに記された生没年は、「2002年3月25日 ー 2019年7月30日」です。

顕彰馬と馬碑

JRA顕彰馬

ディープインパクトは、2008年にJRAの顕彰馬に選ばれました。JRA競馬の殿堂のページでは、加藤助八氏が描いた肖像画も見られます。

馬碑とお墓参り

ディープインパクトの馬碑は、社台スタリオンステーションの敷地内にあります。ただし、同社の公式サイトの「よくあるご質問」によると、関係者以外の敷地内への立ち入りは断っていて、種牡馬の見学と同じく、お墓参りも受け付けていません。一般見学の再開予定はなく、牧場の敷地の外から見ることも遠慮するよう求めています。

同社の「一般展示情報」のページには、展示期間中は馬碑へのお参りもできるという説明文が残ったままです。ただ、同じページの展示の日程欄は「休止中」で、2023年6月25日付の告知には「一般展示並びにお墓参りは現在中止しております」とあります。牧場を直接訪ねることは控え、今後の案内は同社の公式サイトで確かめてください。

まとめ

  • ディープインパクトは2002年3月25日生まれ。通算14戦12勝(国内13戦12勝、海外1戦0勝)で、2005年に無敗のままクラシック三冠を制しました。
  • 2006年の凱旋門賞は3位入線後に失格。帰国後のジャパンカップと有馬記念を連勝して、現役を終えました。
  • 2007年から社台スタリオンステーションで種牡馬となり、2012年から2022年まで本邦リーディングサイアー。産駒からはジェンティルドンナやコントレイルなどのGI勝ち馬が出ました。
  • 2008年にJRAの顕彰馬に選ばれ、2019年7月30日に17歳で死亡しました。社台スタリオンステーションにある馬碑へのお墓参りは、現在受け付けられていません。

数字や案内は更新されることがあります。最新の情報は各公式サイトでご確認ください。

主な情報源:

  • JRA公式サイト(競馬の殿堂 ディープインパクト、同ページのデジタルブック所収の『優駿』2005年6月号・2005年12月号・2007年2月号、3分でわかった気になる名馬 ディープインパクト、海外競馬発売「過去の結果:2026年凱旋門賞」、JRA70周年特設サイト「ディープインパクト&ジェンティルドンナ」)
  • JRA報道室「ディープインパクトの死亡について」(2019年7月30日)
  • JBISサーチ(ディープインパクトの基本情報、全競走成績、種牡馬成績、世代・年次別)
  • 社台スタリオンステーション公式サイト(ギャラリー、よくあるご質問、一般展示情報)

最終確認日: 2026年11月(社台スタリオンステーションの馬碑・お墓参りの案内)

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